なぜ「うんち」は臭いのか。北海道大学大学院の増田隆一教授は「1000兆個に及ぶ腸内細菌が働いている証拠だ。腸内細菌のいない消化管は存在しないため、『においのないうんち』はありえない」という。増田教授の著書『うんち学入門』(ブルーバックス)から、エミルダとうんち君の物語をお届けする――。(第1回)

なぜ「うんち」はクサイのか…排泄物特有の臭いの正体
「そうだ、ずっと気になっていたことがあった!」

うんち君は、大事なことを忘れていたとばかりに勢い込んでこう訊ねました。

「ねえ、ミエルダさん。『うんち』にはなぜ、特有の臭いがあるの? その……、どうして僕は臭いの?」

「君は決して臭くなんかないさ。そのにおいにはちゃんと意味があるんだ。まずは、なぜ特有の臭いがするのか、その理由を探ってみよう」

動物の食性は、主として「肉食」「草食」「雑食」の3種類に分けられ、そのどれに属するかは、動物の種によってほぼ決まっています。

それらの食べ物は、消化管を通っていくあいだに、胃や、消化管につながっている肝臓や膵臓(すいぞう)などの各器官から分泌される物質と反応します。

「うんち」には、その代謝過程でつくられた代謝産物や未消化の食べかすが含まれるため、何を食べたかによって、特有のにおいがする一因となっています。

「そういった食物に由来する成分以外に、『うんち』の中には、消化管に寄生している腸内細菌や寄生虫も含まれているんだ。特に腸内細菌のなかに、特有の臭いを出すものがいるんだよ」

腸内細菌が「うんち」や体調を左右する
「『うんち』中の成分にも、いろいろあるんだね。もっと詳しく知りたいなあ」

「健康なヒトを例にしてみると、『うんち』の重さのうち、約80パーセントは水分だ。残りの約20パーセントのうち、3分の1を食べ物の未消化物が、3分の1を消化管から剝がれた腸粘膜の組織が、そして、残りの3分の1を腸内細菌やその死骸が占めている。『うんち』は通常、固形物だけれど、水分を含んでいて、その形が変わっても腸の中で化学反応を円滑におこない、柔軟にその形を変えられるようにしているんだ」

「『うんち』の形が変わる……?」

「そうなんだ。たとえば、ヒトの腸内細菌は、ヒトが生活していくうえで役に立つ善玉菌と、悪さをする悪玉菌、それ以外の日和見菌に分けられる。腸の中で繁殖しているこれら三つのグループの生存比が、なんらかの原因でバランスを崩すと、宿主であるそのヒトの体調も変わってしまうことがある。そうなると『うんち』の形が変わって、下痢状や軟便、便秘になるんだ」

いつもより臭いおならが出たら要注意
腸内細菌は、腸内にある消化物を栄養源としながら「寄生生活」を送っています。

腸内細菌の体内における代謝の過程で合成された「においのある物質」が放出されることでも、「うんち特有のにおい」が発生します。

ミエルダが補足してくれます。

「腸内細菌の種類によって、放出される『においのある物質』の種類も量も異なるんだ。肛門から出る『おなら』のにおいは健康状態によってさまざまに異なるけれど、それは腸内細菌の種類と生存比が、腸の持ち主の状態を反映しているからだ」

「たとえば、ふだんより臭い『おなら』が出たら、健康状態が良くない可能性がある。便秘のときには『硬いうんち』となり、下痢のときには『水状のうんち』となって、そのにおいが違ってくる。『うんち』や『おなら』のにおいで、自分の健康状態をある程度、把握することができるんだ」

1000兆個の腸内細菌が健康を守っている
「どんな『うんち』にも、必ず腸内細菌がいるの?」

「そのとおり。腸内細菌は、ほとんどの動物の消化管に寄生している。たとえば、哺乳類では、子ども(胎児)がお母さんの子宮の中にいるあいだは無菌状態で、その胎児の体内に細菌はいない」

「でも、その子どもが生まれた後には、口と肛門から細菌が消化管に侵入したり、母親から与えられる母乳とともに細菌が消化管にやってきてすみついたりすることになるんだ。鳥類の場合は、卵の中にいるヒナについては無菌状態だけど、孵化後、親鳥との接触やエサを通して細菌が口と肛門から侵入し、消化管内で腸内細菌になっていく」