国語辞典編集者歴37年。日本語のエキスパートが教える知ってるようで知らなかった言葉のウンチクをお伝えします。

「ムショ」は「刑務所」の略と思っていませんか?
「ムショ帰り」の「ムショ」って何だと思いますか?

多くの方は「けいむしょ(刑務所)」の略だと思っているかもしれませんね。

でも、それをくつがえす証拠があるんです。

刑務所は、その昔なんと呼ばれていたか?

「刑務所」は古くは「監獄」と呼ばれていました。それが「刑務所」に改称されたのは、1922年(大正11年)のことです。ところが1922年以前に、「むしょ」という語を載せている辞書が存在するのです。

『隠語輯覧(いんごしゅうらん)』という辞書で、1915年(大正4年)に京都府警察部が発行した、盗人(ぬすっと)や、縁日などに店を出している的屋(てきや)の仲間などの隠語を集めた辞書です。この辞書に、盗人仲間の隠語として「監獄」を「ムショ」と呼んでいたと記載されています。

牢屋を虫かごに見立てた?

では、「ムショ」とはいったいなんだったのでしょうか。一説に「虫寄場(むしよせば)」からだといわれています。

「寄場」は牢獄のことですが、「虫」についてはふたつの説があります。

ひとつは牢屋(ろうや)のことで、牢が虫かごのようであるところからという説。

麦めしが由来という説も

もうひとつは盗人仲間の隠語で『六四』の字を当てて、牢の食事は、麦と米が六対四の割合であったところからという説です。この「ムシ」が「ムショ」になった可能性があるのです。

いずれにしても、「ムショ」は「刑務所」の略ではないようです。

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『隠語輯覧』には、見出しの「むし」に<【六四】監獄>とあり、麦飯の割合の記述がある他、下段には、「むしよ」で、<監獄 類語「むしよせば」ノ略>とある

神永曉(かみなが・さとる)
辞書編集者、エッセイスト。元小学館辞書編集部編集長。長年、辞典編集に携わり、辞書に関する著作、「日本語」「言葉の使い方」などの講演も多い。著書『悩ましい国語辞典』(時事通信社/角川ソフィア文庫)『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信社)、『微妙におかしな日本語』『辞書編集、三十七年』(いずれも草思社)、『一生ものの語彙力』(ナツメ社)。監修に『こどもたちと楽しむ 知れば知るほどお相撲ことば』(ベースボール・マガジン社)。NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる』にも、日本語のエキスパートとして登場。新刊の『辞典編集者が選ぶ 美しい日本語101』(時事通信社)が好評発売中。

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