政治部長 武田 滋樹
インターネットの世界では今、大変なことが起こっている。今月15日にオンライン署名サイトで、山上徹也容疑者の減刑を求める署名イベントが立ち上げられ、28日深夜に1500人を超え、29日夕には2200人を超えるまでになった。

まだ、安倍晋三元首相が凶弾に倒れて3週間しかたっておらず、山上容疑者が起訴もされず、事件の全容も解明されていない段階で、「過酷な成育歴を鑑みての温情」、「本人が非常に真面目、努力家であり、更生の余地のある人間である事」を理由として、「減刑」を求める署名が始まること自体が異例だが、「この事件で自民党と統一教会の悪事を知ることができた」などと、山上容疑者の“おかげ論”まで出るようになっている。

もちろん、山上容疑者の母親が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に救いを求めて信仰を持ったにもかかわらず、山上家の自己破産につながり、母親が願う救済と幸福をもたらす上で、家庭連合が十分に支え切れなかったという事実は同連合も認めている通りだ。ただ、同連合への憎しみは人情として理解できるとしても、その憎しみがなぜ20年後に安倍元首相に向けられたのかという、犯行動機の核心部分は慎重なアプローチが必要なはずだ。

しかし、一部のテレビ番組や週刊誌は、家庭連合との訴訟を担当し、「統一教会は100%の悪」とする弁護士までいる全国霊感商法対策弁護士連絡会や、旧統一教会批判の最前線に立ってきた前参院議員の“ジャーナリスト”が描いた枠組みの中でのみ、「統一教会の霊感商法」や「統一教会と自民党議員とのずぶずぶの関係」などを報じ続けてきた。そのため、動機解明が短絡的に進められてしまったのではないだろうか。

安倍元首相銃撃事件については、体内に入った銃弾1発が見つかっていないことが判明している。その他にも、山上容疑者はそもそも何発の銃弾を発射し、安倍元首相に当たった銃弾以外はどこに飛んで行ったのか。他の弁士に当たらず安倍元首相だけに当たることは可能だったのか。そんな疑問に応えるために当時の状況を検証することは不可欠だが、一方的な犯行動機の推測のみに時間を費やしてきた感は否めない。その報道の在り方が、果たしてメディアとして適切だったのかどうか、今後、検証が必要だろう。

一方、政界でも共産党が21日、「旧統一協会問題追及チーム」(本部長、小池晃書記局長)を立ち上げ、立憲民主党も同日、「旧統一教会被害対策本部」設置し、霊感商法の被害実態や旧統一教会と自民党との関係など切り込んでいくという。ただ両党とも、連絡会の弁護士のヒアリングから本格活動を始めるなど、その方向性はメディア報道と変わらないようだ。

自民党の福田達夫総務会長は29日の記者会見で、家庭連合との関係について「わが党が組織的に強い影響を受けて、政治を動かしているのであれば問題かもしれないが、僕の今の理解だと一切ない」と述べた。政治の実情を知る記者なら、これが最も妥当な評価であると分かるはずだ。