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南部クリミア半島にあるロシア空軍のサキ基地で発生した「爆破事件」後の衛星写真。ロシア軍は弾薬の爆発事故と発表、ウクライナ側は関与を正式に認めていないが基地内部のウクライナ人による攻撃だった(写真・AFP=時事<AFP PHOTO / Satellite image ©2022 Maxar Technologies>)

2022年8月に入り、米欧からの大規模な軍事支援を受けたウクライナ軍のロシア軍に対する攻勢が目立ち始めた。これは戦局の主導権が徐々にウクライナに移りつつあることを示すもので、膠着状態が続いていた戦争は開始から半年を前に大きな転換点を迎えている。

ロシア空軍基地へのパルチザン攻撃
これを象徴した出来事が2022年8月9日、ロシアに併合されたウクライナ南部クリミア半島にあるロシア軍サキ空軍基地での大規模な「爆破事件」だ。本稿執筆時点でロシア軍は保管していた弾薬の暴発事故としか発表しておらず、ウクライナ政府も事件について自国の関与を正式には認めていない。しかし現地事情に精通している西側外交・軍事筋は筆者に対し、基地内で働くウクライナ人による攻撃だったと述べた。

この攻撃では少なくともロシア軍機8機が爆破されたが、このウクライナ人たちが1機ごとに爆破していったという。ニューヨーク・タイムズ紙が報じたところでは、事件では戦闘機などだけでなく、操縦士や技術者ら60人が死亡したもようだ。

ロシア空軍基地が受けた被害としては第2次大戦後最大規模といわれる今回の爆破事件が持つ意味は何か。同筋は、雇員が自分たちの勤めている基地で実行したことだと指摘する。2014年の併合後もクリミアでは、反ロシア的言動をしないウクライナ人雇員をそのまま基地で雇い続けたという。つまり、「反ロシア派ではない」とされてきた雇員が破壊活動を始めたことで、ロシア占領地にある他の基地・軍事施設でも同様の破壊活動が次々に広がる可能性が出てきたわけだ。「これはロシア軍にとっては衝撃的な事態だ」と同筋は言う。

ロシア軍が事件の真相を発表できないのはこのためだという。この破壊活動は雇員たちがウクライナ軍特殊部隊と連携した「パルチザン活動」とみられる。この事件に続いて、同様のパルチザン活動の可能性があると思われる事件もすでに起きた。隣国ベラルーシ南部ゴメリ州のジャブロフカ空軍基地付近でも2022年8月11日未明に複数の爆発があった。この事件でも詳しい発表はない。いずれにしても今後、クリミアを含めた各地のロシア軍基地で同様のパルチザン攻撃が波状的に起こるかどうかが焦点となる。

中でもロシア軍が懸念しているのは、クリミア半島南部セバストポリにある黒海艦隊への攻撃だろう。18世紀に当時のロシア帝国がオスマン・トルコとの戦争の結果、併合したクリミアに築かれたセバストポリ軍港と黒海艦隊はロシア海軍の象徴である。この母港が攻撃を受ける事態となれば、プーチン政権にとっては侵攻開始以来最大の面目失墜となる。黒海艦隊をめぐっては、すでに2022年4月に首都の名前を冠した旗艦「モスクワ」がウクライナ軍のミサイルによって撃沈されるという屈辱的出来事が起きている。

受け身に立たされたロシア軍の現状を物語る事態は他にもある。ロシア軍はウクライナ軍が奪還を目指し攻撃を強めている南部ヘルソン州へドネツク州など東部から部隊を転戦させようとしている。しかし上記の西側外交・軍事筋によると、ウクライナ軍の攻撃を避けるため、南部に直接向かわせることを避けているという。部隊を一度ロシア本土に戻したうえで、わざわざ遠回りして弧を描くような動線で、クリミア半島を経由して南部に派遣しようとしている。この際、ロシア部隊はロシア南部クラスノダール地方とクリミア半島をつなぐクリミア大橋を通る。

クリミア大橋への攻撃はなるか
このため注目されているのはこのクリミア大橋である。サキ基地での攻撃を受けて、ウクライナ軍がクリミアとロシア本土を繋ぐ唯一の貴重なルートであるこの橋を通行不能にする目的で攻撃するのではないかとの観測が出始めている。

全長18キロメートルの鉄道道路併用橋であるクリミア大橋は、2019年末に全面開通したヨーロッパ最長の橋である。プーチン大統領の友人である新興財閥のローテンブルク兄弟が建設を受注した。プーチン氏からすれば、ロシアによるクリミア併合の「完了」を象徴する大事業であった。逆にウクライナからすれば、併合の「固定化」を象徴する、おぞましいシンボルである。