日韓の歴史問題を裁判で解決しようとすることは、果たして正しいのか―。そう疑問を呈してきた世宗セジョン大の朴裕河パクユハ教授(65)が8月末に定年を迎え、会見を開いた。彼女自身、慰安婦問題をテーマにした著書を巡って韓国で提訴され、法廷闘争が続いている。元徴用工訴訟などで葛藤が続く日韓の両国民に向けて「法に依存しなくても、謝罪と反省と記憶は可能だ」と呼び掛けた。(ソウルで、木下大資)

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ソウルで会見した朴裕河・世宗大教授=木下大資撮影

◆「8年間、私の記憶にないことで非難」
 朴教授は2014年、著書「帝国の慰安婦」の記述が名誉毀損きそんに当たるとして元慰安婦らに告訴され、出版差し止めの仮処分や民事訴訟も提起された。刑事裁判の一審は無罪だったが、二審は「多くの慰安婦に強制動員はなかったと読者が受け止め得る」などとして罰金1000万ウォン(約100万円)の有罪判決を言い渡し、朴教授は上告。5年がたったが、最高裁は結論を出していない。民事は刑事裁判の結果を待って進行が止まった状態という。

 会見で朴教授は、同著で元慰安婦を支援する団体を批判したために、当の元慰安婦らではなく、周囲の関係者が実質的に告訴や提訴を主導したと主張。「この8年間、『元慰安婦をおとしめた』などと私の記憶にないことで非難が続いた」と嘆いた。

◆実態以上の強調、弊害を指摘
 慰安婦は日本の植民地支配下で女性が苦痛を受けた問題であり、「日本の謝罪と補償が必要」というのが朴教授の立場だ。ただ、日本による法的賠償を目指す団体が慰安婦問題を「戦争犯罪」や「不法行為」と見なすために実態以上に「強制連行」を強調したり、「朝鮮は日本と交戦状態にあった」などの論理がつくられたりした弊害を指摘してきた。韓国では、一般化した認識に沿わない慰安婦らの存在は無視されがちとみる。

 問題への共通理解が不足したまま15年の日韓慰安婦合意が結ばれたため、韓国内で猛反発が起きたが、合意は「日本の謝罪と補償の試みだった」と朴教授は評価する。たとえ訴訟を通じて日本から賠償を受けられたとしても、「相手が納得しない賠償が記憶の継承につながるはずがない」と疑問を投げかけた。

 会見では元徴用工問題にも言及した。戦時中に朝鮮半島から大勢の人が動員され日本のために働かされた徴用は、現在被告となっている企業でなく、国家が主導したものだとして「重要なことは日本人が徴用の本質を理解し、記憶すること」と指摘。「日本側を含めた当事者で協議体をつくり、時間をかけて対話することが必要だ」と提案した。

◆韓国内での対話の難しさ
 訴訟で勝敗を決めることは、日韓の歴史和解になじまない。植民地支配の実態を正確に理解した上で、日本側も主体的に解決に取り組むべきだ―。朴教授はこのように考える。

 ただ韓国で、歴史問題は進歩派と保守派の陣営対立と分かち難く結び付いている。会見の終盤、質問に手を挙げた研究者を名乗る市民が「なぜあのような本を書いたのか」と朴教授を糾弾し始めた。議論はかみ合わず、左右対立を超えた対話の難しさを感じさせた。

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