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ロシア軍撤退後のへルソンに残されたロシア戦車(11月16日) Valentyn Ogirenko-Reuters

<ヘルソン撤退はプーチンにとって大きな打撃であることは確かだが、軍事的に見れば賢明な選択で、実施も過去の「敗走」とは大違いだった>

11月9日、ロシアのセルゲイ・ショイグ国防相はウクライナ南部ヘルソン州の州都へルソンからロシア軍を撤退させる方針を表明し、11日には撤退完了を発表した。この動きはセルゲイ・スロビキン総司令官の提案によるものとされるが、複数の専門家たちは、今回の撤退の動きからはロシア軍の「弱さ」よりむしろ「軍事戦略の進化」が伺えたと分析している。

米海軍分析センター(CNA)でロシア研究プログラムの軍事アナリストを務めるマイケル・コフマンはキーウ・インディペンデント紙のインタビューに対し、ヘルソンから撤退するというロシアの戦略には「困惑させられた」ものの、一方でロシアは過去の失敗から学んでいるように見えると述べた。

9月にウクライナ軍が反転攻勢に出て、南部ハルキウ州イジュームからロシア軍部隊が逃走する際には、大量の弾薬や戦車、軍用車などが放棄されていたことが話題となった。

「敗北は、確かに士気を低下させるものだ。それでもヘルソンの状況は、イジュームや(同じくウクライナが奪還した東部の都市)リマンとは異なっていた」と、コフマンは言う。「(今回は)組織だった撤退であり、イジュームで見られたような多くの死傷者や装備品の放棄を伴う「敗走」ではない。ロシアは残る兵力と装備の大部分を撤退させることに成功したようだ」

つまり今回のヘルソン撤退は、ロシア軍が進化していることを示しているとコフマンは指摘する。ロシアの軍事作戦の「変化」を強く示唆する、いくつもの重要な過去との違いがあるからだ。

軍全体の指揮系統にも進化が
米戦略国際問題研究所(CSIS)のマーク・カンシアン上級顧問も本誌の取材に対し、ヘルソンのロシア軍部隊は、あまり激しい戦闘が起きていなかったイジュームを守っていた部隊よりもよく統制されていたと語った。

軍の指揮系統も、現在の方が優れているようだ。ウクライナ軍が州都ヘルソンに入り、国旗を掲げたところでスロビキン総司令官の「撤退作戦」は完了したわけだが、これによってロシア軍はドニプロ川の西岸で壊滅するリスクを避け、東岸地域の守りを固めるために兵力を再配分することが可能になった。

ヘルソンはウラジーミル・プーチン大統領が始めたウクライナ侵攻において、ロシア軍が唯一、占領できた州都だった。それを手放すことはプーチンにとって政治的な打撃ではあるが、軍事的な視点から見れば賢明な選択であり、その実行もうまくいったとカンシアンは言う。「その証拠に、捕虜になったロシア兵も失われた装備もほとんどなかった」

「しかも今回の『成功』は、橋や船が絶え間なく攻撃を受ける中で大きな川を渡らなければならないという、きわめて困難な軍事的状況下で成された」

実際、ウクライナはヘルソンからロシア軍を追い出すとしてミサイル攻撃などを加える映像を公開したが、撤退時に失われたロシア軍の兵力はごくわずかだったようだ。11月11日におけるロシア側の死傷者は合計710人とされるが、その多くはヘルソンではなく、東部バフムート市での激しい戦闘によるものだった。

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