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実験に協力してくれたネコたち(高木さん提供)

 飼い主がいても気にかけず、気まま。そんなネコのイメージは過去の話になるかもしれない。ネコの「ニャン(認)知心理学」を研究する気鋭のネコ心理学者は、ネコと人の関係が変わり始めていると指摘するのだ──。

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「ネコの認知能力は長い間、イヌと比べて過小評価されていました」

 こう話すのは、麻布大学特別研究員の高木佐保さん(31)。ネコの認知に関する新たな発見を次々と発表し、世界でも注目されている“ネコの心理学者”だ。

「ネコが過小評価されていた最大の理由は、イヌと比べて実験がしにくいことが挙げられると思います。トレーニングしやすいイヌと違って、ネコは実験室で知らない人や装置を見ただけでビックリしてしまいます」

 イヌならば、脳のどの部位が活発に活動しているかを調べる装置(fMRI)に入ってもおとなしくしていられるが、「大きい音が苦手なネコにはそんな訓練も難しいでしょう」と高木さん。

 実験のしにくさで誤解を与えていた例としては「紐(ひも)引き課題」というものがある。

 これは、紐の先に食べ物を付けておき、紐を引っ張ると食べ物を得られるという因果関係を理解できるかを検証する。イヌはこの課題がクリアできるのに、ネコはエサの有無にかかわらず紐を引っ張ってしまう。それゆえ、これまではネコには因果関係を推論する能力がないとされてきた。

「ネコにとっては紐そのものが魅力なんです。だから、エサがあろうがなかろうが紐を引っ張ってしまうのかもしれません。その動物にとって優位な感覚というものがあり、例えばイヌなら嗅(きゅう)覚、サルなら視覚。ネコの場合、それは聴覚なんです。それで私は音を使ってネコの認知能力を調べる実験を行ってきました」

 高木さんは、京都大学大学院で聴覚刺激を使った実験で注目された。

 箱の中に鉄球を入れて振ると「ガラガラ」と音がする。鉄球がなければ振っても音はしない。箱にそんな仕掛けをし、音が鳴っても鉄球がないパターンと、音がしないのに鉄球があるパターンも加え、ネコに見せると、ネコは後者二つの“意外”なパターンのときに、考え込むように箱にくぎ付けになる時間が長かった。

「予測したことと違うことが起きると、普通より長く見つめてしまう動物の習性を使って調べる、心理学の“期待違反法”という実験方法を使いました。この習性によって、ネコは音から鉄球の有無を推測していたことがわかります」

 高木さんが「ネコは音から物体の存在を推測できる」という結論を導き出したこの研究はドイツの学術雑誌に紹介され、京都大学総長賞も受賞している。

 その後も「ネコも思い出を持っている」「飼い主の存在を認知している」など、ネコの認知能力に関する新たな発見をしてきた。今年春には、京都大学の研究チームとともに「同居しているほかのネコの名前から顔を予測する」という論文を科学誌に発表した。

 実験には、3匹以上のネコを飼っている家庭のネコたちに参加してもらった。ネコを座らせ、同居する別のネコの名前を呼ぶ声を流した後、モニターに写真を映して反応を調べた。すると、名前と一致しない顔の写真を見せたとき、長い時間、画面を注視する傾向があった。これは、ネコがともに生活するネコの名前を認識している結果だという。

「人の話を聞いていないように見えますが、実はネコはちゃんと聞いているんです。この研究もそうですが、着想はすべて素朴な疑問から生まれたものです」