旧優生保護法下で不妊手術を強いられたとして、障害者らが国に損害賠償を求めた全国10地裁・支部の訴訟のうち、熊本訴訟が23日、判決を迎える。原告の渡辺数美さん(78)は身体に障害があり、少年時代に同意なく睾丸(こうがん)摘出手術を受けた。渡辺さんに実名で提訴した思いと、大津地裁で京都新聞社が滋賀県を相手に係争中の旧優生保護法を巡る情報公開訴訟で争点になっている「被害者のプライバシー」について聞いた。

■俺の人生、返してもらいたか

 昨年6月13日、熊本地裁での口頭弁論で、渡辺さんは本人尋問に立った。何の手術か知らずに、10歳前後で優生手術を受けさせられた。思春期になった中学生の時、友人とトイレに行って手術の意味を知った。「恥ずかしい話ですが、友だちは毛が生えているのに俺のは小学生のままでびっくりされて」。母は、医師から「体が不自由で病気のこぎゃん子どもがまた生まれたら困る」と言われ、優生手術を受けさせたと明かした。「何でそんなことした」。それからの渡辺さんは荒れ、母に反抗した。

 20代の頃交際していた女性とは生殖機能がないことが原因で別れた。ホルモンバランスが崩れ、女性のように胸が膨らみ、プールなどで何度も屈辱を味わった。法廷では、渡辺さんの熊本弁が響いた。「70年近く苦労してきた。俺の人生、返してもらいたか」

■どうしてこういう身体になったのか知りたい

 熊本県は「優生手術記録はすべて廃棄した」としている。記者は、ほぼ黒塗りされた滋賀県の優生手術関連の行政文書開示資料を持って熊本県内の渡辺さん宅を訪ねた。

 渡辺さんはニュースで旧優生保護法の訴訟を知り、自分も同じ被害者だと思い、弁護士会に連絡を取った。強制断種・不妊手術の実態を知ってもらおうと、実名も公表した。「俺は路傍の石ころでいいけど、国に一矢報いらんとこの世に生まれた意味がない。全国津々浦々、声を出したいけど出し切れない人がもんもんとしておると思うんですよ」

 優生手術の記録について「ぜひとも、わが目で見て死んでいきたい。黒塗りではなくて。どうしてこういう身体になったのかを知りたい。それが何よりの希望です。賠償のことは二の次。廃棄したちゅうても、ばってん、本当かどうか分からんでしょう」と話す。

 手術を巡り責めたこともあった母は亡くなった。亡き母は、睾丸両方を摘出するとは医師から聞かされなかったと話したという。

 「一生を台無しにしとってですね。こんな黒塗りの書類を出す役所の気持ちが分からん。個人情報保護法は認めますけど、優生保護法という事件に誠心誠意向き合うなら、名前や住所は伏せて、本当に大事なところは分かるようにしてほしい。被害者に救済手続きの連絡をするのが役所の仕事。黒塗りするのが役所の仕事じゃない」

https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/959829