つくば市の老人施設に、行政に保護された路上生活者の覚(さとる)さん(仮名・78歳)が入居した。彼は施設からの脱出を試みるようになる。

前編記事『「頼むから外に戻してくれ」2700人以上を看取った医師の後悔…78歳施設入居者男性が脱走を繰り返した理由』に続き、6000人以上の患者とその家族に出会い、2700人以上の最期に立ち会った医師が、人生の最期を迎える人たちを取り巻く、令和のリアルをリポートする――。

窓からの大脱走
6月の早朝、サトルちゃんのいる老人施設から電話が鳴った。サトルちゃんが失踪し、行方不明だという。早朝5時には施設の夜勤者によって安否確認されていたが、朝食の時間になっても現れず、施設内を探したが見つからないらしい。

警察に届けた方がよいのではないかと進言し、「発見されたら呼んで欲しい」と伝えた。そしてその日の夜8時頃、施設から20kmほど離れた町のコンビニにで「警察から送られた写真と同じ人物が現れた」と通報され、保護されたと連絡がきた。

この施設は会社組織で有料老人ホームを運営している。昨今の老人ホームを見学したことのある人はわかると思うが、セキュリティがしっかりしていて、居住者が外に逃げるのは非常に難しくなっている。この施設もまた、扉にはロックがかかっており、正しい暗証番号を入力しないと出られなくなっていた。

それをサトルちゃんは突破した。恐らく2階にある自分の部屋の窓から飛び降りたのだ。

本人は否定したが、サトルちゃんの部屋の窓の下に駐車してあった、施設の車の屋根が歪んでいたそうだから、間違いないだろう。

彼に会いに部屋に入った。「おっす!」と声をかけると

「すみませんねぇ、夜分に御迷惑をかけて」

と素直そうに謝罪してきたが、目つきはまだ、やる気満々だった。

「怪我はなかったの?」
「大丈夫でした。本当にすみません」

と謝る彼に、

「まだ、やる気でしょ?」

と声をかけながら窓に近寄ると、窓は開けられないように工作が追加されていた。駐車場には車も無くなっていた。飛び降りるにしても存外に高い。階下に車があったとしても、私には飛べないなと思う。

エスカレートする脱走
「この高さをよく飛べましたね。やるな、サトルちゃん」と逆に誉めてみた。

「いやあ、本当に、すみません。二度とやりません」

部屋に自分たち二人しかいないことを確認して、

「やる気が顔から出てますよ。でも、これが自分の施設だったら許せないだろうなぁ。車の屋根の修理費だけじゃないんだよ。サトルちゃんが逃げる途中で事故にあったり、命の問題が起きたら、管理者は土下座じゃすまされないんですよ。社会的な制裁まで背負わされる」
「管理者? それは社長の事か? 一度も会ったことはないな。あんたはここで、どういう役割なんだ?」
「私は診察に来ているだけ。私も社長と会った事はないですよ」

その夜は、サトルちゃんに怪我も異常も無いと思われたので帰る事にした。当直者にロックを解除してもらい外に出る。二階を眺めると、サトルちゃんがバイバイという事なのか、私の方に手を振っていた。いつか自分も年を重ねて、こういった場所に保護されて出られなくなる日が来るかも知れないと考えると、なぜか切なくなってくる。