・岸田首相を嫌悪する右派
 右派は岸田政権に対して大きく否定的だ。まず菅前首相の辞任に伴う総裁選挙で、安倍元総理の肝いりとされて自民党総裁選挙に出馬して一定の成果を出した高市早苗氏を、第一次岸田内閣で「官房長官」「防衛大臣」などの要職に起用せず、政調会長に起用したことから右派の「岸田嫌い」は開始される。要するに彼らの世界観では「岸田首相は高市氏を冷遇している」というわけだが、政調会長は党の要職であり冷遇とは程遠いばかりか、第二次岸田改造内閣で高市氏は内閣府特命担当大臣として入閣している。右派曰く、岸田首相の人事によって、高市氏は「干さ」れ、よって高市総理誕生の芽は岸田内閣の続く限り低くなるのだ―。

 ようするに、今次の千葉5区で英利氏は河野氏、茂木氏、二階氏などの”お気に入り”なのだから、英利氏が落選することがすなわち彼ら「反日自民党」の力を削ぐことに繋がり、それが党内力学を「親日自民党」の方により傾けることによってゆくゆくは岸田内閣を倒閣し、来年の自民党総裁選では高市氏有利の状況を一気に形成しようという、遠大(?)な戦略が存在し、その目論見により英利氏への落選運動は展開されたのであった。

・Anyone but Eri Alifiya(?)―この厄介な応援団
「日本の国益のために英利氏を応援してください」と笑顔で英利氏を称揚する高市氏(YouTube動画番組「えりアルフィヤ」より)
 確かに、今次千葉5区補選は要衝であり、事実英利氏の出陣式には茂木氏が駆け付け、にぎにぎしいスタートが切られた。街頭演説には河野太郎氏らも応援に来た。しかし、自民党の幹事長である茂木氏が、首都圏要衝である千葉5区の自民党公認候補の出陣式に駆け付けるのは、幹事長としては当たり前の行動である。また河野氏らの応援演説も、河野氏が麻生派であることを差し引いても、同じ内閣の閣僚なのだから馳せ参じるのは当然の行動である。これを以て、英利氏が彼ら「反日自民党」の一派であるというのは、余りにも粗雑な飛躍である。

 そもそも彼らが「反日自民党」として呪詛する筆頭の二階氏は、今次補欠選挙で地元である和歌山の要衝、和歌山1区をより重視していた節があるし、そこでは今次補選で唯一非自民候補(維新の林氏)が当選したわけだから、千葉5区の動静に関係なく和歌山こそ曰く「反日自民党」の減衰如何にあって注視するべきだがあまりそうした動きは見られなかった。

 そして彼らの世界観の中では、英利氏にとっては「党内敵」のはずであり、いまや「親日自民党」の筆頭とみなされている高市早苗氏は、そもそも英利氏が立候補する以前の段階において、英利氏のユーチューブ番組「えりアルフィヤ」にて親密な対談を行って、その中で高市氏が「日本の国益のために英利氏を応援してください」などと笑顔で称揚しているのだ。英利氏が「反日自民党」の前衛であるなら、なぜこのような対談が実現したというのだろうか。<参照動画>。意味が分からない。もう頭がウニになるとでも言うべき、倒錯した状況が出来しているのである。

「親日自民党」と「反日自民党」という、良く分からない架空の「二項対立」は、彼ら右派にとっては結句すべてが高市総理誕生の障壁となるものの排除なのかもしれないが、仮に英利氏が今次落選していたところで、それは高市総理の誕生に直結しないことはいうまでもない。彼らの世界観では「岸田の次は高市」という既定路線になっており、後者の確率をより高めたいがために英利氏の落選運動を行うということになっているが、同じ自民党の議席を減らす運動をネット上だけではあれど展開することに、何の政治的意味があるのか私には分からない。

 今次補選において、右派はこのように荒唐無稽な理屈をこしらえて、誹謗中傷のレベルに到達するほどの英利氏への落選運動にいそしんだ。彼らからすれば「英利氏以外なら誰でもよい」ということで、まさに(Anyone but Bush―ブッシュ以外なら誰でも)ならぬ(Anyone but Eri Alifiya)だったわけで、中には本来右派が蛇蝎のごとく嫌う立民公認の矢崎氏を応援しようとする動きも確認された。これは先日筆者が発表した立民代表・泉健太氏の右派層への秋波に影響されたという性質のものではまったくなく、単に彼らの滅裂な世界観のなせる業であることは言うまでもない。

 そして如何にこういった濃度の高い右派から落選運動が展開されたとしても、当初不利とされた英利氏は立民の矢崎氏に競り勝ったのだから、やはり私の過去論考の通り、彼らの総数はせいぜい日本有権者に対して2%、約200万人程度の力しかなく、あまつさえ小選挙区での与野党の趨勢には影響しないほど小さいことが再度確認された、ということができよう。(了)