0001きつねうどん ★
2023/07/10(月) 07:50:39.95ID:Hf3uyuh2iPhone画面がまぶしい。部屋が暗いととくに。ブルーライトは不眠の原因らしい。理由は知らないけど嘘じゃないのは分かる。だって、毎晩、長電話だから。
イヤホンから聞こえる友人の話はとにかく面白い。笑いを噛み殺しても隣の部屋で寝ている両親から注意される。ただ、きょうは……。昼間働いていたからか。ああ、ヤバい……。まぶたが落ちる……。寝ますといってみようか……。
「話させたいひとがいるんだけど、どう?」
突然、真剣な口ぶりになったから目が覚めちゃった。尋ねてみたらどうやらすごいひと。「チョーセン人は出ていけ」だの「汚い」だの路上で叫ぶような高校生だったらしい。大学に入ったら足を洗ったようだけど。歴史が好きで卒業したいまも在野で研究をつづけているそうだ。年はわたしよりすこし下みたい。
どんなやつだろう?怖い。けど、気になる。
「おしゃべりしてみたいです」
好奇心が勝った。
「金村さんですか?お話は伺ってます」
朴訥とした口調で落ち着いた声色だけどすこし声が震えてる。どうしたんだ?
「どうもはじめまして。こんな時間にすみませんね」
丁寧で気を遣わせないような挨拶がはじめて話すひとへのマナーだから。
「在日のひとにずっと謝りたくて」
歴史好きな中学生はだれでも知ってる掲示板に出会った。「在日特権」、「中韓の不都合な真実」、「日本は解放の英雄だった」なんてことばを高校へ行っても浴びつづけた。ネットで知った正義を実現するために「特権」撤廃を主張する団体に入った。デモにももちろん参加。どんなことをやっていたか話してたけどひどすぎると憶えてらんないでしょ?学校に報告が行ってしまうくらいの派手なしでかしだったのは記憶にある。謹慎になってからのあだ名が「政治犯」だった話といっしょに。大学に入ってから戦争体験者の手記を読んだ。差別と殺戮の日々に英雄なんていなかった。いったいなにを信じていたんだ?繰り返さないためになにができるだろう。ネットのひどい書きこみはもちろん通報したけどこれだけじゃ……。そうだ!戦地に行ったひとを訪ねてみよう。過去と向きあうために。そして、後世に遺すために。
これが彼の話したすべて。
あれ?もしかして泣いてるの?鼻をすすってる。声の震えが大きくなった。そういえば、ソウルで生まれ育ったおばあちゃんに似ているなぁ。戦争中、クリスチャンだったから神社や皇居への礼をしなかった話をするときはこんな感じだった。ある夏の日にサボっていたのを憲兵に見つかって、大喧嘩になったんだっけ。出頭しなきゃいけなかったんだけど数時間後に天皇のおことばがラジオから流れてきたから無罪放免になった。植民地時代の話をしたあとは必ずこんなオチだったなぁ。
「日帝は最低だ。
でも、反省してやり直したひとたちがいたからいまの平和で豊かな日本がある。
立派じゃないか」
耳に入る彼の声と頭で繰り返される彼女のことばがきれいに響きあう。なにかがわたしを包みこんでいく。だれかに聴かせてあげたい。
「許してもらえるなんて思っていません。でも、どうしても……」
突っぱねるなんてできないよ。
「きょうはお話しできてよかったです。いろいろあったかもしれませんけど友だちでいたいです」
それから歴史、音楽、落語の話を何時間も語りあった。まだ話し足りないんだけどお互いに仕事があるんだよな。仕方ないけど電話を切った。すすめのさえずりが聞こえてきた。カーテン開けよう。きょうは陽がやさしい。あたたかく包みこんでくれている。
生きててよかった。
つづき
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