関東大震災の直後にデマを信じた人々が引き起こした朝鮮人虐殺は、根底に民族への差別があったと言われる。100年たった今、惨劇の再来の恐れはないか—。

 6年前に不当な懲戒請求の被害に遭った在日コリアン3世の弁護士、金哲敏キムチョルミンさん(45)は危機感を募らせている。「いつ当時のような事態が起きてもおかしくない」(太田理英子)

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朝鮮人虐殺やヘイトスピーチ、自身の経験などについて話す金哲敏弁護士

 「こんな理由で何百人もの人が実名で攻撃するなんて。あまりにも衝撃が大きかった」

 金さんが振り返るのは2017年11~12月、東京弁護士会に複数の弁護士を名指しした懲戒請求の書面が殺到した時のことだ。金さんの名前を含むものだけで約960件もあった。

 きっかけは16年4月、同会の会長が出した朝鮮学校への補助金停止に反対する声明だった。声明を非難していたあるブログの呼びかけに応じ、その読者らが「声明に賛同することは犯罪行為」などと根拠のない主張に基づいて、自分の実名や住所を記して懲戒請求を出した。

 声明には会長名しか載っておらず、「姓が理由で標的になった」と考えた金さんは「出自を理由にした根拠のない懲戒請求」として謝罪をしない900人を超える請求者に損害賠償を求めて民事裁判を起こした。これまでに言い渡された判決はいずれも賠償を命じ、一部は確定した。多くの請求者は訴訟で自身の差別的な行動を正当化したという。

 差別感情を背景に、デマにあおられた人々が攻撃を行うのは、関東大震災を彷彿ほうふつとさせる。また、インターネットの普及により、差別意識とデマが結び付く事例は枚挙にいとまがない。

 関東大震災での朝鮮人虐殺 1923年9月1日の関東大震災の発生直後、朝鮮人が「暴動を起こした」「井戸に毒を入れた」「放火している」といったデマが広がり、民衆が作った「自警団」や軍隊、警察により朝鮮人が竹やりや日本刀で殺害された。中国人や、朝鮮人に間違われた日本人も襲われた。国の中央防災会議の報告書(2009年)は、震災の死者約10万5千人の「1~数%」が虐殺の犠牲者だと推計している。

 11年の東日本大震災では「被災地で外国人犯罪が横行している」とのデマがSNSで飛び交った。21年に京都府宇治市や名古屋市で起きた在日コリアンらを狙った放火事件など過激化した例もある。

 16年にヘイトスピーチ解消法が施行したが、差別を禁止する規定も、罰則もない。金さんは「ヘイトスピーチ対策は不十分。このままでは『国の政策が悪ければその国民も悪い。悪い人間は攻撃していい』という短絡的発想が根付く」と指摘する。

 首都圏で災害が起きれば大混乱と大量のデマ拡散が起きかねないとし、「明確に差別を禁止する法律があれば、行政による是正措置ができ、社会規範にもなる。国は法整備を急ぐべきだ」と訴える。

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 関東大震災での虐殺と現代のヘイトスピーチについて考えようと、東京弁護士会は11日、東京都千代田区の弁護士会館でシンポジウム「関東大震災100年—『記憶の虐殺』に抗して」を開く。金さんもパネリストとして登壇する。参加無料。同会ホームページなどから事前申し込みが必要で、先着300人。問い合わせは同会へ。

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