日本社会が高齢化する中、各地の刑務所では「老人ホーム化」が進んでいる。懲役刑で科せられる刑務作業についていけない高齢受刑者が増加し、「作業」の名の下でリハビリに取り組まざるを得ないのだ。約1500人が服役する国内最大の府中刑務所(東京都府中市)の現状を取材した。(宮本隆康)

◆最高齢は94歳、2割が65歳以上
 白髪の交じった丸刈りの高齢男性が、数メートル先の台に向けてお手玉を投げていた。自転車型のトレーニングマシンを黙々とこぎ続ける別の高齢男性もいる。「養護特化工場」と呼ばれる一室では、70~80代の数人が「機能向上作業」に励んでいた。

 お手玉を投げていた70代の受刑者は「体を動かし、よく眠れるようになった。出所したら体をできるだけ動かして頑張る」と話す。呼吸器の疾患で体力が落ち、以前は歩くのもおぼつかなかったという。

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作業療法士の職員(中)の指導で体幹を鍛える運動をする高齢受刑者たち=東京都府中市の府中刑務所で

 府中刑務所では、日本人受刑者の平均年齢は52歳。最高齢の94歳を筆頭に、65歳以上が約2割を占める。

 体力や認知機能の低下した高齢受刑者の増加を受けて、2020年度から介護福祉士や作業療法士の職員を採用。木工や金属加工などの通常の刑務作業が難しい高齢受刑者向けに開設したのが養護特化工場だ。実態はリハビリだが、刑務作業は現在の刑法では義務のため、「機能向上作業」と称している。

◆喉に詰まらないよう食事は細かく、出所後の福祉施設探しも
 担当刑務官は「簡単な刑務作業を用意しても、それもできない。無理に作業をさせて製品が不良品になれば、仕事を発注してくれる企業にも迷惑をかけてしまう」と説明する。

 「足腰が弱ったり、認知症が疑われるなど、社会では介護の要支援の対象になりそうな受刑者は多い」と作業療法士の職員も指摘する。けんかで他の受刑者を殴っても認知症で覚えていなかったり、ほとんど聞こえないほど耳が遠かったりする受刑者もいるという。

 増える高齢受刑者への配慮は「作業」にとどまらない。食事は、喉に詰まらせないように細かく切って提供。出所後に自力で生活が困難な場合は、福祉施設やグループホームなどの受け入れ先も探している。

 刑務官の一人は「かつては入れ墨の入った暴力団関係者が多かったが、ここ10、20年で様変わりした。今では悩みの内容は福祉施設と同じ。違いは、入っている人が罪を犯したかどうかだ」と語った。

◆約20年で受刑者は半分以下、高齢者の割合は3倍以上
 法務省の犯罪白書は、65歳以上の受刑者について「顕著な上昇傾向」と指摘する。受刑者全体や他の年代が減る中、特に70歳以上は増加傾向にある。

 矯正統計によると、2022年に新たに収容された受刑者は1万4460人で、約20年前の03年から半分以下になった。一方、65歳以上は14%の2025人で、03年の4.3%から3倍以上に増えている。特に70歳以上の増加が顕著だ。犯罪の内訳では窃盗が最も多い。

 法務省は14年度以降、各地の刑務所に介護福祉士ら福祉専門官を配置。さらに関係機関と連携し、帰住先がなく、高齢や障害といった問題を抱える人を対象に、出所後に福祉サービスを受けられる制度「特別調整」にも力を入れる。

 懲役と禁錮を廃止して「拘禁刑」に一本化する改正刑法が22年6月に成立し、25年までに施行される。施行されれば、懲役受刑者に科せられていた刑務作業が義務でなくなり、改善更生に向けた指導や教育に多くの時間を充てることが可能となる。