ドイツの「トラクター愛」文化の濃さと奥深さをご存知だろうか? ドイツでは伝統的に農業用トラクターがカリスマ的人気メカであり、たとえば空港でも「月刊オレのトラクター」みたいな雑誌が普通に売られている。

 ドイツのクルマや戦車は世界的に独特の人気を誇るが、あれとも微妙に違う、農・工業の根幹を象徴するプライド感とシンクロする「霊力」みたいな要素がそこに漂うのだ。非オカルト大国ドイツで霊力とか言うのもちょっと変だけど、

https://bunshun.ismcdn.jp/mwimgs/a/9/750wm/img_a9ea19add0fb95cc4ef71ee6d248efda291403.jpg
ドイツの空港にある書店には「トラクター雑誌」のコーナーがある人気ぶり 筆者撮影

編集氏「あーだんじり祭りで爆走するあれとか、あーゆー感じですか?」

マライ「あーそうそうそう、そーゆー感じです。祝祭的な何かでもあり!」

 ということで、よくよく考えるとデコトラ的でもあるような。

 ドイツのくせに演歌が似合う何かがある。ちなみに昭和世代の日本人にとっては、大昔のヤンマーの「燃える男のぉ~赤いトラクタ~♪」というテレビCMが農業トラクターの絶対的イメージだ! とのことで動画サイトで見てみたが、これは実に素晴らしい。ドイツ人のトラクター信仰マインドのど真ん中を撃ち抜く素晴らしさだ。いまドイツで放映しても全然いけるぞこれ! といった文化的背景があるのだが……。

実はドイツでは農家の人たちはリスペクトされている?
 さて、そんなドイツで。

 先日、農家が大挙してトラクターでデモを行い、アウトバーンの斜路を封鎖したり首都ベルリンのブランデンブルク門に集結して気勢を上げたり、という一件があった。もちろん日本でも報じられたが、とにかくドイツ国内での衝撃は極めて大きかった。なんたってトラクターが報道ビジュアルを埋め尽くす光景だし。

 そもそもこの農家デモの直接的原因は、ドイツ政府が農民に対する補助金をだまし討ち的にカットしたことだ。何故そんなことをしたのかといえば、ウクライナ戦争などを背景にややこしさを増した予算編成をミスってお金が足りなくなったからで、そのしわ寄せを農民にいきなり押し付けたのである。そりゃ怒って当然だ。

 ……が、しかし、それだけではドイツ社会も「震撼」まではしない。怒っているのが「農家」なことが大きいのだ。

 今回のデモについて、日本の報道の雰囲気だと、たとえば環境活動家が自分の身体を接着剤で道路に固定して交通に影響が出てウンヌン、といったのと似た話に見える可能性もあるが、ドイツ国内の反応は全く違う。

 やりすぎ系環境活動家たちがすでに欧州でもめんどくさい嫌悪感の対象となっているのに対し、農民たちは基本的に「高度技術者」としてリスペクトされている。なので彼らのアクションはかなりの重みを持って社会的な支持と共感を得ている。

 まず重要なのは、今回のデモの中心が中小の自作農たちという点だ。彼らにとって予算編成をめぐる政府の失態はある意味、権力の不誠実さを証明する「大きなツッコミどころ」のひとつに過ぎない。

 根本的な不満と危機感は、実はEUの長期的な農政プランにある。2050年までに気候中立を実現するために打ち出した「グリーン・ディール」、さらに持続可能な食料システムの構築を目指す「Farm to Fork」戦略の一環として、農業経営に関わる新ルールが次々に登場。

「土壌中の栄養損失を少なくとも50%削減し、2030年までに肥料の使用量を少なくとも20%削減すること」などが掲げられている。わかりやすくいうと、バイオ技術などのふんだんな投入によりEU圏の農地を「絶対に痩せない」土地にする予定なのだ。

 これは一見素晴らしい計画のように思えるが、裏を返せば「そういうハイテクな土地のセットアップが出来ない者はEU圏で農業をやっちゃダメ」という話なのである。そんなお金のかかるセットアップが出来るのは実際には巨大資本をベースとした高度な産業組織のみであり、中小の自作農はそのシステムに呑み込まれる未来しかない。

 ありていにいえば小作農化、さらには巨大資本に雇われる「社員」化への一本道である。組織や個人の欲得の問題を抜きにしても、そんなことが道理として許されるのか? そもそも農業政策として根本的に間違っているのではないか? という話である。

つづき
https://bunshun.jp/articles/-/68664