ハルモニたちのまぶしい“今”
映画の冒頭、金聖雄(キム ソンウン)監督は、ハルモニ(朝鮮の言葉でおばあさん)たち一人ひとりに、こう尋ねる。

「夢はありますか?」

人生も終盤を迎えたなかで、思いもよらぬ質問をされたハルモニたちは、困惑した表情を浮かべながらも、こう答える。

「夢? 夢なんかなんにもないよ」
「今が一番幸せ」
「早く死にたい」……

だが、撮影が進むにつれ、彼女たちはまったく違った表情を見せ始めるのだ。

『アリラン』は朝鮮半島を代表する民謡。『ラプソディ』(狂詩曲)は、自由な形式の楽曲のことである。それらをタイトルに冠したこの映画は、日本の植民地支配や戦争など様々な理由から、川崎・桜本にたどりついた在日一世のハルモニたち一人ひとりの“来し方”を振り返るドキュメンタリーだ。

戦前から多くの在日韓国・朝鮮人が暮らす川崎市川崎区桜本地区。この町に、同じく在日が多く住む大阪・鶴橋出身の在日二世である金監督が通い始めたのは1999年のことだった。

「もともと川崎には縁があって、通っているうちにパワフルな一世の姿にすっかり魅せられました。同時期に、自分の母親を77歳で亡くし、もっと母のルーツや、それまでの人生について聞いておけばよかったという思いもあって、ハルモニたちを撮り始めたんです。

ただ、この時は、彼女たちにはあえて過去の話は聞かないでおこう、と。一世の人たちがどれほど厳しく、辛い人生を歩まれてきたかは想像できましたし、それより、皆で集まり、食べて、歌って、踊るハルモニたちの、まぶしい“今”の姿を映画にしたいという思いがありました」(金監督、以下同)

こうして完成したのが、金監督のデビュー作となった『花はんめ』(2004年公開)だった。「はんめ」とは韓国南部の方言で、ハルモニと同様、おばあさんのことだ。

記録しておかなければ、残さなければ…
「『花はんめ』を撮り終わった後も、ちょくちょく桜本に通ってはいたのですが、特に続編を撮ろうと考えていたわけではありませんでした。ただ、2015年に、当時、国会で審議されていた安保法制(安全保障関連法案)に対し、ハルモニたちが自ら、戦争反対のデモをすると聞き、これは記録しておかなければと思い、撮影に向かったんです」

映画には同年9月、戦争を体験したハルモニたちが地元・桜本で行った、戦争反対を訴えるデモの様子も収められている。が、このデモをきっかけに、レイシスト(人種・民族差別主義者)たちが、桜本地区を狙い撃ちにしたヘイト(スピーチ)デモを行ったという。ハルモニたちのデモから2ヵ月後、11月のことである。

「正直、レイシストのヘイトスピーチや差別デモなど撮りたくはなかった。けれども、一人ひとりの顔が浮かぶハルモニたちが住む町を、彼らが攻撃すると聞いて、カメラを持って行かないわけにはいかなかった」

映画には、そのヘイトデモに対し、地域住民と共に敢然と立ち向かうハルモニたちの姿が映っている。そして、この時の住民たちの抗議活動が、後のヘイトスピーチ解消法(16年)や、全国で初めて、ヘイトスピーチに対する刑事罰を設けた川崎市の差別禁止条例(19年)の成立に繋がった。

「この日は、地域の人たちによる、レイシストを圧倒する抗議活動で、ヘイトデモが桜本に侵入することは阻止できた。が、やはり、彼ら(レイシスト)が喚き散らす内容は、聞くに堪えないものでした。

戦争や差別、貧困の中を必死に生きてきて、年老いてからようやく、安らかな暮らしを得ることができたハルモニたちがなぜ、『(朝鮮半島に)帰れ』などと非道い罵声を浴びせられなければならないのか。どうしようもない憤りを覚えました。

同時に、今の日本には、在日の歴史というか、ハルモニたちがなぜこの国(日本)に渡ってきたのか、なぜ(朝鮮半島に)帰ることができなかったのか、そして、なぜこの国で生きざるを得なかったのか—ということがスッポリと抜け落ちているような気がしたんです。

つづき
https://gendai.media/articles/-/126586