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 「ファシバフィデヨシ」「ツァツァノファファミヤマモツァヤニツァヤゲドモ」。歯が無い状態で喋っているわけではない。前者は戦国武将「羽柴秀吉」の16世紀当時の読み、後者は『万葉集』に収められている柿本人麻呂の歌「小竹(ささ)の葉は深山(みやま)もさやに乱るとも~」の、平安時代はじめ頃の読みとなる。

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 このように時代によって、だいぶ違う日本語の発音。発音が復元できる最古の時代である奈良時代から現代語と大体同じになる18世紀後半まで、約1000年に渡るその変化の歴史を紐解いた一冊が、本書『日本語の発音はどう変わってきたか』(中公新書)である。

 著者の釘貫亨は、長らく古代語の文法や音声を研究してきた日本語学の学者。著者がまだ大学院生だった頃、奈良時代の母音を研究していると自己紹介すると、たびたびこう聞かれたという。「そんな録音機もない古代の発音がどうして分かるのか」。

 昔の発音を知る重要な資料となったのは、「万葉仮名」(まんようがな)と呼ばれる、まだ平仮名も片仮名もなかった奈良時代に使われていた仮名である。万葉仮名は音節に漢字を当て、日本語を書き表せるようにしている。たとえば『万葉集』の和歌「二上(ふたがみ)の 山に籠れる 霍公鳥(ほととぎす) 今も鳴かぬか 君に聞かせむ」は、「敷多我美能 夜麻尓許母礼流 保等登藝須 伊麻母奈加奴香 伎美尓伎可勢牟」と表される。こうした文字の用例が研究者たちによって検証されていき、当時のハ行音は「パピプペポ」に近くて後に「ファ・フィ」のような音になったこと、サ音は「ツァ」に近かったことや、母音が5音ではなく8音であった可能性が浮かび上がる。

 万葉仮名以外にも、仏教の経典の注釈書や、室町時代にヨーロッパの宣教師たちが作成した日本語の文法書・辞典など、ヒントとなる各時代の文献が後世に残されている。中には、16世紀前半のなぞなぞで「母には二回会ったけれども父には一度も会わなかったもの、これ何だ?」の答えが「くちびる」であることから、母は当時「ファファ」とくちびるを二度合わせる発音だったことが証明されるなんて、よくできた話もある。

 とはいえ復元の基本となるのは、文字と音の対応関係を調べ上げて法則を見つける、地道な知識の積み重ねだ。本書で再現される復元の過程においては、素人にはとっつきにくい専門的な話も少なくない。だが普段気になっていた日本語の謎が解き明かされる醍醐味も、そこには同居している。
 たとえば、使い分けを迷ってしまいがちな「じ/ぢ」と「ず/づ」。「四つ仮名」と呼ばれるこれらの仮名は、元は発音も違っていたという。鎌倉時代まで「ヂ」は「ディ」、「ヅ」は「ドゥ」に近かったのが、室町時代中期には区別が曖昧となる。それでも軽い鼻音の違いは残っていたものの、元禄時代(17世紀終わり)頃には「ぢ」は「じ」、「づ」は「ず」と同じ発音に落ち着いたことが本書で証明されていく。