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ベトナム「ビンファースト」のEV MIKE BLAKEーREUTERS

<東南アジアやアフリカの国々が、これまで先進国の特権だった自動車の製造に乗り出している。愛国心を武器に、新興国市場を「国産車」が席巻するのか>

ソニーが電気自動車(EV)への参入を表明した。EVは部品点数が少なく、高度な生産技術が不要であることから、異業種からの参入増加が予想されていた。既にアップルが自社ブランドEVの開発を進めている現実を考えると、ソニーの参入は特段、驚くべきことではない。

だが、異業種からのEV参入にはもう1つの流れがある。新興国企業が相次いでEV開発に乗り出しており、世界の産業構造を変える可能性が高まっているのだ。

ベトナムの「ビンファースト」は、同国初となるEVの販売を2021年12月にスタートした。エジプトの国営自動車メーカー「ナスル」も、国産EVの開発を進めており、22年には本格的な生産を開始する。ウガンダでは、国営企業の「キイラ」がアフリカでは初となるEVバスの量産を予定している。

新興国は近年、目覚ましい経済成長を実現しており、国民の購買力は急激に高まっている。低価格なEVであればビジネスとして十分に成立する水準になりつつある。

これまでの時代、新興国にとって国産自動車を持つことは見果てぬ夢だった。競争力を持つ自動車産業を育成するためには、高度な資本や技術の蓄積に加え、労働者のスキル向上も必要であり、巨額の先行投資が求められる。自動車を生産するというのは、全てを兼ね備えた先進国の特権だったと言っていいだろう。

愛国的な感情と自動車産業の結びつき

ところが構造が簡単なEVであれば、新興国でも国産自動車を生産できる道筋が見えてくる。しかも新興国は独裁政権であることも多く、こうした国々はしばしばナショナリズムを政治に利用している。

ベトナムのビンファーストが自動車生産に乗り出した17年には、同国のグエン・スアン・フック首相(現国家主席)が「国産車を造るプロジェクトは愛国的で尊敬に値する」と手放しで称賛したほか、軍政が続くエジプトも国産EVの購入を国民に求めていく可能性が高い。日本でも一部の人々が、外国企業の排除や国産優遇を求める主張を行っているが、それは外国でも同じことである。

だが、こうしたナショナリズムは、工業製品の輸出を行う日本のような国にとって大きな逆風となる。

途上国におけるナショナリズム的なEV普及を後押ししているのは実は中国企業である。エジプトのナスル社は中国の東風汽車と生産協力を行っており、ウガンダのキイラ社は同じ中国の恒天集団から技術移転を受けた。ベトナムのビンファースト社も中国の蓄電池メーカー国軒高科と提携している。

iPhoneの生産で知られ、シャープを買収した鴻海(ホンハイ)精密工業は、顧客が自由に独自EVを製造できる共通プラットフォームを提供している(鴻海は台湾企業だが、中国政府から支援を受けており、限りなく本土の企業に近い)。この仕組みを使えば技術力に乏しい企業でも容易に自社ブランドのEVを開発・製造に乗り出せる。

中国はあえて黒子に徹することで、新興国での実質的なEV市場の覇権を狙っているとみてよいだろう。日本メーカーはこうした取り組みをほとんど行っておらず、自社ブランドの製品販売を大前提にしている。多くの新興国が国産EVの開発に乗り出せば、これまで日本企業が確保していた新興国市場の多くを失うことになるかもしれない。

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