気の向くまま、日本中を旅している宮田珠己さんが「本当にイイ!」と思ったスポットを、47都道府県別に紹介している『ニッポン47都道府県 正直観光案内』。文庫化記念で試し読み。お次は印象の薄い埼玉県!

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埼玉県
ここで問題です。栃木県の代表的観光地といえば日光、群馬県なら草津、では埼玉県の全国に知られた代表的な観光地はどこでしょうか。

どこも思い浮かびません。関東在住者であれば、川越、秩父といった名前を挙げるかもしれませんが、関西人は知りません。

そもそも関東以外の人は埼玉の観光地としてどこを思い浮かべるのでしょう。

考えてもみてください、果たして関東以外の県から埼玉県に観光に来る人がいるでしょうか。関西からあるいは中京圏から、あるいは北海道や九州から、はるばる埼玉に観光に来たという人を聞いたことがあるでしょうか。

先日うちに母が来たので、聞いてみました。母は神奈川県育ちですが、もう七十年以上生きていながら埼玉県には行ったことがないそうです(通過したことはあると言っていました)。ためしに埼玉県で知ってる観光地を尋ねてみると、熊谷に古い家がなかった? とだけ言っておしまいでした。古い家? 何だそれ。

東京の人間はよく埼玉県をダサイタマと言ってバカにします。有力観光地に恵まれないのも原因のひとつかもしれません。しかしそのような蔑みは、埼玉県からすれば理不尽な話です。というのも、ダサいのは実は埼玉県のせいではないからです。その証拠に、埼玉だけでなく、お隣の群馬、栃木、さらに茨城まで周辺すべての県が、しばしばダサい認定されている。千葉だってそうです。これは奇妙なことではないでしょうか。これほど多くの県が十把ひとからげにバカにされている地域は、全国を見回しても関東以外にありません。東京があまりにかっこいいためにその落差がそのように感じさせているのでしょうか。一見正しそうな仮説ですが、違います。

実は、元凶は関東平野なのです。

関東平野全部がダサい。これは東京とて例外ではありません。本当は東京もダサいのです。その件についてはいずれ東京都の項で触れますが、とにかく埼玉県だけをいじめるのは間違っています。

ではなぜ関東平野はダサいのか。答えは簡単。

山がないから。これに尽きます。山、ないったらない。東京を出て京浜東北線や宇都宮線で北を目指すとき、車窓に広がる茫漠とした風景の絶望感といったらありません。

ずっと関東平野に住んでいる人間は気づきもしませんが、他地域から来た人間はみな、間近に山の見えない空虚さ味気なさに気づいています。山がなければ風景は変化に富みません。峡谷も生まれなければ、滝もできない。できるのは湿地か沼がせいぜいです。

んんん、せめて湿原があれば……。

これが関東平野のダサさの正体です。

当然そんな地形的バラエティのないところが観光地として自然に発達するはずがありません。そうなると、見どころは人の手で造るしかない。したがって関東平野の観光地は人工物ばかりです。その意味で関東平野は、最初から大きなビハインドを背負っていると言っていいでしょう。

で、埼玉です。埼玉県はどこを観光すればいいのか。

まず検討すべきは山方面でしょう。幸い埼玉県にも西のほうに山があります。全部が平地じゃなくてよかった。

秩父は埼玉県内でも辺境のダサいゾーンとして低く見られているようですが、とんだ勘違いで、どちらが真にダサいのか、つまりどちらがよりぺったんこか考えてみれば一目瞭然です。秩父に感謝こそすれ、バカにする権利は関東平野人にはありません。