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もはや「昆虫」とは言えない? 巨大バッタ、ジャイアントウェタ(イラスト:『カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅』より)

かわいかったり、奇妙だったり、どこかひねくれていたり。世界には私たちの常識を軽く超える「へんてこ」な生き物がたくさんいます。作家・川端裕人さんは、30年以上にわたり研究者やナチュラリストと共に活動し、そうした生き物と出会っては多くの写真を撮影してきました。その中でも印象的すぎる「へんてこな生き物」をご紹介。今回はジャイアントウェタです。
【写真】がっしりとした体格のジャイアントウェタ。装甲のような首周りをしている

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◆無脊椎ネズミと表現されるバッタ類のウェタ
哺乳類やヘビがいないニュージーランドは、哺乳類然とした飛べない鳥たちの楽園だった。ところが、鳥以外にも、飛ぶ能力を失って、哺乳類的な生活を送るようになった生き物がいる。

その代表的な存在が「ウェタ」だ。分類学的には、イナゴなど「バッタ」の近縁だ。

しかし、空を飛ぶことができず、それどころか跳ねることもしない。ただ、夜、地面を徘徊し、草や小さな木の実を食べる。ほかの世界でネズミなど齧歯(げっし)類が果たしている役割を、森の生態系の中で果たしていると考えられる。

英国生態学会、英国哺乳類学会の会長を歴任した高名な生態学者ヘンリー・ネヴィル・サザン博士は、1964年にニュージーランドのリトルバリア島を訪れてはじめてジャイアントウェタを見た時、こんなふうに述べたという。

「モアは人類以前のニュージーランドの環境にとって、他の地域のシカ、ヤギ、ウマのような存在だと知っていたが、同じように『無脊椎ネズミ』がいるとは知らなかった」

以来、ウェタのことを端的に語る時、「無脊椎ネズミ(invertebrate rats)」と表現することがよくある。ぼくは、ニュージーランドの象徴ともいえる飛べない鳥キーウィを求めて夜の森を歩いた時、その「無脊椎ネズミ」たちの存在をはじめて近くに感じた。

小休止の時などに耳を澄ましていると、あちこちからカサコソという音が聞こえてくる。キーウィの足音よりも、かすかに、そして、無数に。それはウェタが林床で食べ物をあさる音だった。

音はしても、姿は見えなかったので、それがどんなものなのか、その時はわからなかったのだが、それでも「無脊椎ネズミ」が近くにいる、というのは心ときめく瞬間だった。

◆圧倒的な迫力
現在100種ほど見つかっているウェタのうち(未発見のものがまだまだいると考えられている)、ジャイアントウェタと呼ばれる一群の種類は今のところ11種に分けられていて、大きなものになると体長8センチ、長い脚を伸ばした状態なら15センチにもなる。

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『カラー版-へんてこな生き物-世界のふしぎを巡る旅』(著:川端裕人/中公新書ラクレ)

属名のDeinacridaは、「恐ろしいバッタ」という意味だ。最大種のリトルバリア島ジャイアントウェタ(Deinacrida heteracantha)は、1839年から43年にかけて南極探検を行ったジェイムズ・ロスの艦隊がニュージーランドに立ち寄った際に収集した標本から記載された。発見の時点で、すでにニュージーランド本島からは姿を消しており、沖合の島でしか見られなくなっていた。

マオリがニュージーランドにやってきたのと一緒にネズミも入ってきたので、「無脊椎ネズミ」たちは、本島では「脊椎ネズミ(vertebrate rats)」たちに居場所を奪われてしまった。

それほど希少な生き物なので滅多に会えるものではないのだが、ある時、あっさり出会ってしまった。正直、びっくりしたし、幸運に感謝もした。