かつては憧れの存在だった「団地」。ただ、バブル崩壊後その様相は変わっていく。今では成功者のイメージが強い「タワマン」が多くの人の憧れの存在となっているが、それも少しずつ変化しつつある。今後のタワマンはどうなっていくのか。
前編記事『かつては「みんなの憧れ」だった団地だったが今では敬遠される存在に…「タワマン」も同じ道を辿っていくのか』に引き続きタワマンと団地の今後を追っていく。

バブル崩壊で都心回帰、タワマンの誕生
バブル崩壊(1991年~1993年)以降、地価下落、企業・行政の遊休地放出、不良債権処理に伴う土地の処分が行われた。1997年(平成9年)に日照権や容積率などの規制が大幅に緩和されると、タワマンの建設が活発となった。東京都心や湾岸地域にタワマンが立ち、不動産取得が容易になったことなどにより、都心部で人口が増加した。

タワマンとは、高さが60メートル超の建築物で、階数では20階超である。2023年秋には、国内最高階数、高さの64階建て、高さ262.83mの麻布台ヒルズレジデンスが竣予定である。

なぜタワマンはオワコンと言われるのか?
タワマンの良さは、眺望が素晴らしい、エントランスが豪華、コンシェルジェの常駐など共有設備が充実している、駅直結、周辺商業施設が充実など暮らしの利便性が高い、などがある。では、なぜタワマンはオワコンと言われるのだろうか。

タワマンは、1棟に数百人から1000人を超える住民が住んでいる。住民は入れ替わりもあるだろうが、ほぼ同じ時期に入居し年齢を重ねていく。団地と同じく、タワマン住民も高齢化していくのだ。

2011年東日本大震災、タワマンは停電によるエレベーターの停止、断水、トイレが使えない(排水できない)といった地震後の被害に見舞われた。

停電時にエレベーターを動かす非常用電源の用意は備えられていたが、非常用電源を使ってエレベーターを動かしたマンションはなかったそうだ。理由は、非常時のなかの緊急事態に備えて温存されたから。

災害でもろさが浮き彫りになった
東日本大震災後、非常用電源のための備蓄燃料を増やすなど対策がとられた。中には非常用電源で、時間の制限なくエレベーターを動かし続ける仕組みを持ったマンションもできた。ただし、すべてのマンションにその仕組みが導入されているわけではない。

2019年台風19号、タワマン銀座ともいわれる武蔵小杉のタワマンが浸水し、停電、断水、さらにマンション前に悪臭を放つ汚泥が溜まった。停電対策として自家発電設備を備えていたが、浸水し故障してしまったのだ。

住宅・不動産購入をサポートする情報サイトSUUMOによると、武蔵小杉は2016年住みたい街ランキング4位だった。2019年の災害被害により、ランキングが下がるとともに不動産価格も下落した。

自然災害はいつ起こるかわからない。災害被害をあらかじめ想定して、完璧に対策をとることも不可能だ。

かつての憧れだった団地は今どうなったか
住民の高齢化、空き家の増加で団地はゴーストタウン化してしまったのだろうか。狭くて不便だった団地は今、リノベーション物件やDIY可能物件でイメージが一新されていた。